2010年8月17日火曜日

1969年、透析導入の話(1)

思いつくまま。いきなり書き出します。斜めに速読してください。僕は入院生活長いんで、病院や患者のこと。ぐだ愚だいきます。
初めて入院したのは1965年9月。2年の2学期が始まった最初の土曜日。
プール実習で風邪を引いた翌日の日曜日。朝、起きると顔がぷっくりと腫れていた。足にむくみが。
お隣の物知りの小林のおばさんがやってきて「こりゃ、腎臓が悪いに違いない。」と断定され、翌日、いまはなき、横須賀国立病院へ。採血と採尿がすんだ後、小児科の田口先生は言った。「急性小児腎炎ですね。2週間程度の入院加療で治りますよ。」それを聞いた母は言った。「先生、この子、おねしょ癖があるんですが入院しても大丈夫でしょうか?昨夜もしたんですよ。」。。。
こうして僕の入院生活が始まった。

ここは昭和40年、その年新築されたばかりの6階建ての病棟の2階。212号室。そこにそのまま11ヶ月入院した。その部屋には、ほとんどひとりで生活していた。僕のくら~イ性格はこの11ヶ月間に起因する。時々、入院してくる子がいたにはいたが数人ですべて女の子だった。後にも先にも女性と夜を共にしたのはこの時しかないな。別に僕がいたずらしたわけでも病院の方針でもないだろうが隣のベッドが埋まったのは最初の3ヶ月くらいで後はずっと一人だった。この部屋は細部にわたって思い出すことが出来る。何しろ一日中眺めていたから。
僕の部屋の隣は4人部屋でそこには普通に子どもが居たんだが、なぜに僕だけず~とあの部屋だったか今もって分らない。病棟の生活は退屈で部屋になどいなかった。まず、隣の4人部屋ここにはテレビが置いてあった。たぶん、病院の物ではなくて入院している誰かの親が業者から借りて窓際においてくれたものだろう。その頃、テレビはみんなで見るものという風潮があった。優先権はその子にもちろん有ったが、マア、大体多数決でチャンネルは決まった。まず、野球とプロレス、歌謡番組、これが最優先された。あと、どういうものがあったか覚えていないがひとつだけ、この年、この病室で見た、と言う記憶があるものがある。それは、【ウルトラマン】、ドラマそのものではなくて来週からやります、と言う予告番組。僕の記憶が確かならそれは記者会見場のようなところから始まった。結構、広いホールのようなところ、ぎっしりと観客で埋まっていて最前列には記者たち。舞台の上にはびしっと制服に身を包んだウルトラ警備隊の隊員たち。スポットライトを浴びて一人ひとりインタビューを受けてそれぞれに地球を守る任務の重さを語る。ウルトラマンのマの字も出なかった。それだけに次の週のウルトラマンの出現に子どもたちは衝撃を受けあれだけの大ブームになったのだろう。

ここでの治療というものはほとんどなし。薬を飲んだ記憶もない。朝晩の検温と安静時間と言うのがあった。その時間は部屋にいないと看護婦さんに怒られる。この時代の看護婦は怖かった。優しかったと言う記憶は一切無い。よっぽど俺が可愛くない子どもだったのかもしれないが。。。
この頃、両親がどういう思いだったか、母は亡くなってしまったし父はそういう話をしてくれないので分らないが、常に僕にいっていたことがある。それは看護婦さんを名前で呼んではいけない、看護婦さんと言いなさい、と言う事だった。なぜ、そういうことを言ったのか今では想像するだけだが、入院が長くなるともちろん、看護婦さんの名前も覚える。すると、どうしても好き嫌いが出てくる。好みの看護婦さんを選んで物を頼むようになる。それはいけない、選り好みをしないで何か頼むときは看護婦さん、お願いします、と言いなさい、と教えられた。
それで、僕は未だに看護師さんの名前を全然、覚えられない。おまけにこのときの習性で人の名前を覚えるのが苦手になってしまった。最近、それが富に激しい。

この小児科の思い出で忘れられないのが秋山るみちゃん。この子は小学校の同級生なんですがよく、お見舞いに来てくれた。たぶん、2年生の時だけで3年になってこなくなってしまったと思うんだけど週1回土曜に来てくれたような気がする。見舞いといっても小2。遊びに来るだけだがよく遊んだ。ついつい、安静時間も忘れて遊びまくり看護婦さんに叱られた。その時の看護婦のせりふ。「安静にするだけがなぜ出来ないの。それがあなたの仕事なの!」それ以来の看護婦嫌い。天敵ですな。

まあ、つづく。

2010年8月14日土曜日

血圧低下。

昨日の透析中、久しぶりに血圧が80をきってしまった。

昔は80をきると気分が悪くなり、猛烈に看護師にアピールした。

「気分が悪い~!冷や汗が出る~。」



しかし、昨日は気分はあまり変わらない。

そのかわり、少し胃が痛いような気がした 。

1時間後との血圧測定で看護師が顔色変えた。

「73だよ!気分悪くない?」

「う~ん、、、そんなに悪くないけど何か部屋が暗い気がする。」



看護師はあわてて僕のベッドを倒し、除水をきって、注射を入れた。

透析は長い間にいろんな経験をする。

肺に水がたまったり、貧血傾向が続いたり、Kがとんでもない値をたたき出したり、

その数字が日常化していく。

体も何処まで耐えられるか、いわゆる慣れが生じてくる。

痛みや苦しみに鈍感になる。

気がついたときには、意識を失うんじゃないかと思う。



「もっと、光を!」 ゲーテかな?

2010年8月8日日曜日


夢の中で俺は女子高生になっていた。見知らぬ外国の列車に乗っていた。どうやら通学の途中の様子。
風景はのどかな田園が続く。夢の中の俺はある駅を目指していた。もう少しだ。列車はその駅のホームに入って行った。降りなくちゃ!と思ったが、周りの外国人たちの流れに乗れず乗り遅れてしまった。
しょうがなく次の駅で降りる事にした。次の駅は降りるものもなくすんなり降りる事が出来た。一人でホームを歩いて反対側のホームへスタスタと歩いて行く。が、気持ちはエレベーターを探していた。掃除をしていた駅員に、エレベーターは何処?と聞くと、ずっと向こう。真っ直ぐいったとこ。そっけない。真っ直ぐ歩いて行くとエレベーターがあった。が、なぜかの乗らずに真っ直ぐに駅の外を歩いて行く。
ずーっとつづく一本道。辺りは外国の田園風景。
しばらく歩いて行くと、に本らしくなる。大きな家について玄関の門の前についた。そこで俺は気分が悪くなって倒れた。
誰か〜、と呼ぶと家から若い衆が飛び出て来た。あ!親分!
大変だ〜親分が!と言って人を呼びに行く。なんで俺が親分?女子高生なのに?あ!セーラー服と機関銃?(本当の俺が呟く)
奴が家へ飛び込むと同時に変な女が俺にのしかかって来て手のひらに注射をしようとする。もがいていると脇に止まったトラックから男が飛び出て来てその女を羽交い締めにして連れ去った。どうやらこの女が女親分ではなかろうか?

翌日か学校の仲間と道を歩いている。相変わらず女子高生姿をしている。女の連れが二人。一人は俺と同じような男言葉を使う元気な奴。もう一人は、いや〜ん、待って〜。みたいな聖子風。あと男子が2−3人。例の駅から何処かへ行く様子。みんなで列車に乗る。隣には聖子風が座った。胸が結構大きい。心の中で俺は今、女だよな?確認した。彼女の胸に頭をもたげしばし仮眠。女なのに何故か癒される。
しばらく生きと下車してまたぞろぞろと歩く。みんな手ぶらだ。学校へ行く様子ではない。気が付くとあの子がいない。おーい、なにやってんだよ。遅いぞ、もう。とか口々に叫んでいる。見るとあの子が後から走ってくる。手にはコンビニの袋が一杯。パシリやらされてんじゃん。と思ったが自分もお前トロいんだよ。とか言ってる。
俺もこいつらの仲間なんだな。
風景は田園から街になった。
どうやら課外活動みたいなものか、目の前に大きなサロンパスが止まっていた。みんなはそれに乗りこんで行く。
乗ろうとするがステップが高い。夢の中ではすたすたと歩いて行くがバスのステップが高くて乗れない。歩道の淵からも離れている。おーい、運転手ー!たけえんだよ。もっと歩道によせろよ!とか叫ぶが応答なし。一人の男子がひょいと乗せてくれた。ぞろぞろとバスに。。。

俺は運転手にもっと、歩道に寄せとけよな!と文句をいうと、うつむいていた運転手が顔をあげた。その運転手は禿げづらにはちまき、牛乳瓶のふたの様なメガネに腹巻をしたカトちゃん。カトちゃんは、まま、席に座って。これ、サービスだから。
と言って学生たちに焼酎のボトルを配っている。みんなに配り終えた後に一つ、点滴にストローをつけた様な奴が残った。
なんだよ。それは〜。と言うと、これはあっしがのみたくなった時イッシッシ。
ダメじゃん!それー!
とか言ってるうちにみんなは席についている。俺も席に着こうと振り返るとサロンパスの車内が見えた。通路が真っ直ぐ続いていて両脇に2座席づつシートがある。シートはリクライニング付きで席と席の感覚は広い。床は見えなくてシートが空中に浮かんでいる様だ。なぜか書く席の右足のところにだけフットレストがぴょこんと突き出ている。これはアクセルペダル?と考えながら席に片膝をついた格好のままバスは発車した。まだだよ〜カトちゃん。と叫んだが、バスはかまわず走り続ける。俺は体を入れ替えて座ろうとしたが、バスは激しく揺れる。スピード感もある。カトちゃん。まだ座っていないよー!と叫ぶが、カトちゃんはかまわずイッシッシ(*^◯^*)とますます調子乗ってハンドルを切る。
馬乗り状態のままバスは上下左右に激しく揺れながらスピードをあげる。ちょっと〜、、停めて〜!とか言いながらもスピード感や揺れが気持ち良くなずか楽しくてたまらなくなる。カトちゃんはますます例のドリフのノリで鼻歌を歌い出す。俺は思わずぷッと吹き出し笑ってしまった。その瞬間,点滴中である事を思い出し誰かに聞かれたかな?と思ったが夢に引き戻された。バスはますます勢いがつきバウンドも激しくなってスピードも上がってくる。しかしもはや俺は俺であって夢の住人ではない。怖くなって夢から出ようと思ったが目覚めない。これは点滴の副作用か,幻覚か?不安になった俺はナースボタンを押そうと手を伸ばすが届かない。
カトちゃんは絶好調でバスはスピードを上げてそのままカーブを曲がりきれずに隣家へ激突していった。
ふっと目覚めるとからになった点滴パックがぶら下がっていた。気を落ち着けてからナースコールを押してナースを呼んだ。

2010年8月5日木曜日

人工血管

ゴアテックス内径5mm長さ10cm
を上腕静脈につなぎました。
透析不足になっていたので、
術後3日連続で透析。抗生剤点滴。
食欲なし。退院は今週中の予定。

2010年8月2日月曜日

2010年8月1日日曜日

8月一日。


午前中曇り午後から晴れ時々曇り。

蒸し暑い。

蝉がやっと鳴きはじめる。

火曜日シャントの手術のため、明日から入院。

不安にさいなまれる一日。



TWITTERはサーバーメンテナンスのため休止状態。

たしか、サーバーを砂漠に移転するするような話、聞いたなあ。

当分、アウトかな。