2010年11月8日月曜日

長時間透析

長時間透析って何時間から?と思っていたら




週3回x6時間=1週18時間 程度でも長時間らしい。



スタンダードである4時間x週3=週12時間を越えればそれはもう、長時間透析。



長時間透析の効果としては

次のようなものがあるそうですが、


  • 血圧の正常化、降圧剤の減量ないし中止

  • ドライウエイトが上がっても血圧は悪化しない

  • 透析間にたとえ体重の10%増加しても心不全を起こさない、臨時透析が不要となる

  • 貧血の改善、エリスロポエチン製剤の使用を減らせる

  • 心筋重量の改善、心収縮力の改善

  • 背中などが痒くなくなった(皮膚掻痒感の消失)

  • 発汗能の回復、水分を多く摂取すれば汗も多くでるようになる

  • 味覚の回復:食事が美味しくなった

  • うな重、ピザを食べても、リンは5以下を維持できる

  • 透析後のBUNは20以下

  • 血糖、HbA1c、GAが改善した

  • 透析前に果物を多く食べられる

  • 生活に張りがでてくる

  • 意欲低下の改善

  • 低下していた計算力、物覚えが回復した、頭がすっきりした

  • 透析後の疲れや渇きが無くなった

  • 透析後の買い物や運動がつらくなくなった

  • よく眠れるようになった

  • 便秘が治った

  • とにかく元気になった。前とは違う自分となった。 (WEBから引用)




どこからどこまでが長時間透析のせいなのか怪しい内容もあるにはあるが、



一度やってみないとわからない。



もっとも、20年くらい前までは週18時間やっていたんだよねえ。。。



あのまま、週18時間を続けていてくれれば、



だイライザーの改良で透析量が上がってドンドンよくなったのに。。。。。



医療者側のコスト削減と、



患者側の短時間への憧れから、週12時間透析が標準化してしまった。



今更、長時間やっても大腿骨骨頭置換した骨が治ったり、



流出した関節軟骨が元に戻ったり、すたすた歩けるようになるとは思わないけど、



これ以上、内臓や心臓に負担が掛からないなら、



可能な限り受けて見たいよな。



問題は通える施設があるかだよねえ・・・

2010年10月28日木曜日

全腎協設立当時のお話。

神奈川県腎友会機関紙「じんゆう」10月号より。


三浦腎友会平成8年5月に行われた総会での全腎協設立当時に関わった方のお話を
載せています。

只今、ご紹介頂きましたがいろんな役にかかわっている訳ですが、役をやるつもりでやっているわけでなく、一緒に透析をやっている者が苦しんでいて、同じ病気で苦しんでいるのなら動けるものが何とかしなければと言う気持ちから運動に入りました。総会で古い話をしてくれとありましたので、昔の状況を皆さんに知っていただくのも大切かと思い話をさせていただきます。


 私も昭和43年頃から蛋白尿がでて、仕事をしていてもすぐ疲れる状況にありました。受診していくうちに腎機能がだめだということで東京の病院に救急車で運ばれました。10日くらい経ってどうやら生きていけないぞと言う感じを受けました。医者に私の命はどれくらいか訊ねたら一ヶ月くらい、助かる方法は透析というのがある、との話。透析にかかるには東京には空きがない、横須賀の共済病院にあると紹介され、横須賀に戻ってきました。


 昭和45年当時、透析をやっていた人は8人位だったと思うが、私はすぐにでも透析が出来ると思ったが全然出来ない。透析の機械の台数が少なくてかかれない。かかるには貴重な透析機械なので身元調査をし、財産とか学歴とかを調べ、世の中のためになる人を優先的にするという選択をしていました。私が透析にかかれたことは幸運であったと思います。


また、当時の健康保険なんですが、健康保険は昭和42年12月に適用になったんですが、私は健康保険本人ですので医療費負担はないんですが、健保の家族で5割負担で大体10万~30万かかります。私の給料が2万5千円くらいですから大変なものです。家族は働けるものは皆一生懸命働き病院に20万も納める人がおりまして、その方は病院から家に帰ってもいいといわれていても帰れない。家族が皆、朝から晩まで働いて自分だけ病気で寝ているわけにはいかないという。病室中、そのような話があり、治療しながら皆、泣いておりました。


これは困った、何とかならないか、と言う時、ちょうど新聞に広島腎友会設立という小さな記事があり、これだと思い、会を作る機運が生まれました。この医療費を何とかしなければならないということで横須賀共励会を昭和46年2月に設立したわけです。


設立の記事が全国版に載ったと思うんですが、これを板橋にある「ニイレの会」(ニイレ=ドイツ語で腎臓)の人が見てその呼びかけで全腎協の準備会に参加しました。


当時、板橋病院の事務局長をしていた方の友達が新聞記者をしておりまして、アピールするいい言葉は無いかということで、「金の切れ目が命の切れ目」と非常にセンセーショナルに世間に伝わりました。


当時、何度も厚生省に行きましたが、時の厚生大臣は金で命が左右されることはならん、ということで、昭和46年6月に全腎協が発足したが、厚生大臣にお願いしてわずか1年で更生医療、育成医療、と言うお金が無くて誰でも透析にかかれるという結果になりました。


患者運動が1年でこれだけの内容を勝ち取ることは異常な行動だったなと思います。


 当時、私は東京へ行くときに10段の階段を登るだけで貧血で何度か倒れました。ヘマトクリット20もなく15とかその辺でしたから。顔も真っ黒、土色で、いつ死んでもおかしくないと言われておりました。


そんなことで、昭和47年10月に更生医療、育成医療が適用になりました。
皆さん本当に生きるために大変だったということを記憶していていただきたい。
当時、共済病院の機械はミルトンロイというアメリカでは家庭透析用で一人一台なんですが、それに最高4人がかかって生き延びました。笹岡先生以下の先生も少なく看護師も専門にいたのは一人で私たちが準備したり応援しながら透析をしていました。


 シャントも外シャントで詰まりやすく片手3ヶ月と言われておりました。私も右手3ヶ月、左手3ヶ月、左足まできましたので残り少ないなんて自然に涙が出てきたものです。
しかし、昭和47年頃から内シャントができ、詰まることがなくなりました。今の透析患者が長生きできる画期的な方法だと思います。


昭和46年6月に全腎協が出来、いろんな問題を少しずつ解決する間、県の組織が出来ないと県の予算が引き出せない、透析が伸びないと言う思いから県腎友会が昭和51年に出来ました。その後、各市町村単位の活動の必要性から横須賀共励会からわかれ三浦腎友会が出来ました。今は会員100名近いと聞き驚きです。


今後も会を発展させ安心して透析が受けられる、また、新しい患者を増やさないような運動を進めていかれることを望みます。


全文を載せました。



彼は私と同じ病院で透析開始も3日違いです。私は子どもでお金の心配はしていませんでしたが健保家族で父親は大変な思いをしていたわけ、でそれこそ、彼のような人達の運動のおかげで今、生きていられるわけです。

彼は、家族から腎臓の提供を受けて透析から離脱したんですが、今、元気でこの体があるのは透析のおかげと患者運動を続け、自分は縁の下の力持ちという信念の元、今も活動を続けています。



ブログという性格上、お名前は伏せさせて頂きます。

2010年10月17日日曜日

巨人連勝でフアイナルステージへ!

 

プロ野球セ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(3試合制)第2戦は17日、兵庫県西宮市の甲子園球場で行われ、巨人が7-6で阪神に逆転勝ち。連勝でファイナルステージ進出を決めた。

金木犀 A fragrant olive.

A fragrant olive.


When walk the town; a fragrant olive fragrant from somewhere.

I remember optimistic first love in the days of the elementary school.

HAGI (bush clover)

The flower "bush clover" which blooms in autumn.


It is the flower which is written most in Japanese "Manyoshu tanka collection".

Mukoujima variety of flowers garden / Tokyo

2010年10月15日金曜日

長時間透析の事

2009年透析の現況


を見て思ったこと。

僕は2007年にウェブを始めて透析の情報に触れるまで、医者任せでした。



昔は病院もヘマトやカリウムの値を教えてくれるくらいで血液検査の結果表なんてくれなかった。(と思う)



言えばくれたのかもしれないけど・・・・



現在はちゃんとプリントして渡されるので診察で個別のデータについて質問すれば教えてくれますね。



Kt/Vなんて言葉すら知らなかった。



こうやってプリントアウトされると保管もするし昔のデータを見ればそれこそ、アルバムを見るように



その頃の様子が思い出されます。



「あ~~、あの年の夏は食欲がなくてHtもおちこんでたなあ・・・」とか、



「あれ?PCRって1越えたことあるんじゃん。」とかね。





検査結果を見る様になると気になるのはやはり、自分の透析量が適正か、ということです。



死ぬはずだった命が助かって41年も生き延びて透析が十分か?



など贅沢かもしれませんが、、いつまでも元気に生きていたいのは人情ですね。



そこで、まず、計算するのがKT/Vですかね。



尿素窒素がどれだけ抜けているか、計算して出す指標というんですか?



1.4以上はあったほうがよいと言われていますが、施設によってこれがまちまちだそうです。



もちろん、平均ですからもっと高い人も低い人もいるわけで、栄養状態などでも、



違ってくるわけですね。透析前の値が低かったり、高かったり、血液の採取方法でも、



違ってくるそうですから、一概には言えませんけど、僕たちには分りやすい見方です。



見たことがない方は尿素窒素の透析前と後のデータを見れば自分で計算できますので、



一度やってみてください。



透析量で今、話題になっているのが長時間透析と高血流です。



日本の透析施設で一般的なのが4時間x週3回の透析です。僕もその中の一人です。



それを4.5時間x3回にしたり6時間以上x3回やそれ以上の長時間透析をすることです。



健康な腎臓は24時間、休みなく働いており長時間透析をすることで、少しでも、健康な腎臓に



近づこうと言う考え方です。 もちろん、4時間の透析が辛いのに1分1秒でも早く終了したいと、



切に思う患者さんもいます。実際、僕が始めた’70年頃の透析は貧弱なダイアライザーに



透析施設、要員不足で10時間x週2回と言う時代もありました。その頃の透析控え室の会話では、



「きっと将来はもっと、短時間か埋め込み式の人工腎臓が出来るよ。それまで頑張ろう!」



とみんなで話していたものです。



その願いこそ時間短縮で叶ったわけですが、さらに将来はどうなるのでしょう?



28万人の透析患者の大多数が6時間x週3回以上の透析を受けることが可能でしょうか?



透析施設は?スタッフは?財政的には?就業にはどうなのか?夜間透析は?



心配な要因が山積しています。



病院へ行かなくてもよい方法は出来ますか?



仕事に復帰したり元通りに社会復帰することは出来ますか?



透析黎明期の患者の夢はまだ先ですか?



答えは私が生きているうちにお願いします。

2010年10月10日日曜日




コスモスの花言葉


乙女の純潔・真心











10月の3連休初日ですが、

生憎の空模様となりましたね。

横浜は珍しく肌寒い日となりましたが、

皆さんのところはいかがですか?



連休でドライブとか予定していた方もいたのでは?

今はやっぱり、コスモスとか彼岸花でしょうか。。。

僕も見に行きたいところですが・・・

妄想花見で我慢します。




葉は順調に繁っているし、

幹も太いかな?と思うんですが、

1年3ヶ月目としてどうなのかな?

なにしろ、思いつきで始めたプルメリア・・・

比べるものがないのでわからない。

今年もまた、寒い冬がやってきます。

無事、冬を越してくれれば、来年はもしや?

淡い期待を寄せています。